今回取材するのはきよしさん。70歳。
子煩悩で子供からは信頼される良き父親。話したくない過去なのかもしれない。
特別に重い口を開いて頂いた。
大手広告代理店に就職

きよしさんは明治大学卒業後、超大手広告代理店の子会社に就職。
子会社とはいえ、今でも誰もが羨む超大手の広告代理店だ。
学生時代には友達も多く、人付き合いのうまい器用な性格で人間関係を瞬く間に広げ、仕事もバリバリとこなす。
毎週ゴルフで接待をして、遊びなのか仕事なのかわからないくらいゴルフをしていたという。
何度もホールインワンを取るほどの腕前だったというゴルフで、仕事をとる。
ゴルフがうまいと接待もうまい。
そういう時代もあったのかもしれない。
接待はゴルフだけじゃない。
毎晩のように銀座に繰り出し、クラブ通い。
きよしさんはお酒が飲めない。
ママにお願いしてすごく薄くしたウイスキーをちびちびと飲みながら、何時間も顧客をもてなす。
そんな毎日を繰り返すうちに、本当に仕事と遊びの区別がつかなくなってしまったのかもしれない。
入社後、数年で仕事をやめてしまう。
染み付いた夜遊びがやめられない

仕事を辞めても夜遊びがやめられない。
きよしさんの父親は当時、金融業を営んでおり比較的裕福な家庭だったという。
親から小遣いをもらい、麻雀、パチンコ、その足で銀座へ。
なんでも器用にこなすタイプで、麻雀も強い。
女性にもモテる。
遊んでるだけでうまくいくのだから、辞めるきっかけなどない。
お酒も飲めないのに銀座に通い、仕事もしないで家に帰る。
きよしさんは4人兄弟で唯一の男、お姉さんや妹さんと比べて父親からは特別に愛されていたよう。
遊び呆けている息子にも甘かったようだ。
しかし、きよしさんの父親も流石に堪忍袋の緒が切れたのかもしれない。
ある日、 勘当 されたのだという。
「父親に二度と帰ってくるなと言われました。」
「正直、上等だと思いましたけどね。」
きよしさんは悲しげな顔で話した。
遊び人は治らない

さすがに勘当されたのだから、心を入れ替えるかと思ったが、きよしさんはそれでも遊んだという。
友達も多く、なんだかんだでどうにかなってしまったのかもしれない。
毎日、その場しのぎでなんとか生きていけちゃったのだという。
しかし、しばらくしてやけに友達が金を貸してくれたり、面倒見てくれたり、親切すぎるな。
と感じたそうだ。
よくよく話を聞いてみると、父親がきよしさんの友達にお願いして面倒みてもらっていたのだという。
勘当とは言ったものの、心配で心配でしょうがなかったのだろう。
結局、きよしさんは脛をかじりっぱなし、知らない間にも脛をかじっていたのだ。
流石のきよしさんも心を入れ替え、仕事を探し始める。
人が好きなきよしさんは、タクシー運転手になることに。
やはり、なんでも器用にこなすのかお客さんともうまく接し、楽しく仕事を続けられたという。
しかし、器用だからと言って仕事をうまく続けられるのか。いや、そんなに簡単ではないのかもしれない。
父親の元へ

タクシー運転手が性に合ってるのかと思い始めた矢先、話好きが度を越えたのか客と喧嘩になる騒動を起こしてしまう。
お客さんと親身に話していると、だんだんイライラしてきて最終的に喧嘩になったのだという。
正義感が強いのか、強すぎるのか、筋が通らない話をし続ける客におかしな苛立ちを感じたのだという。
思い返せば喧嘩ばかりの人生だという。
街で喧嘩をしている若者を見つけると、止めに入るが結局最後には自分も殴り合っていたという。
とある電車内に以前から奇声をあげて徘徊する迷惑おばさんがいたという。
誰しも目を背けながらやり過ごしている中、きよしさんは怒鳴りつけて黙らせてしまったことも。
正しいのか正しくないのかよくわからないが、自分の中に何か考え持って生きていたとは語る。
兎にも角にも、タクシーの会社に居づらくなったきよしさんはまたしても仕事を辞めることに。
見かねた父親が新しく始めた不動産業の会社で働くことを薦める。
生かされていた人生

きよしさんはこう話した。
「結局、自分の力で掴み取れたものはなかったです。周りに生かされてた気がします。」
父親の存在が大きかったのかもしれない。
やることなすこと、必ず父親の後ろ盾があった。
そんな事実に逆らっていた気持ちもあったのかもしれない。
自分の小ささを実感し、父親に感謝の言葉を告げ不動産業の道へ。
とはいえ、友達も多く人付き合いもうまいきよしさんはやりがいを感じ新しい顧客獲得を成し遂げていったのだそう。
そして、父親が社長の座を退き、きよしさんは代表取締役社長に。
小さい会社だったが、きよしさんの力で少しずつ大きくし従業員も入り、今度こそうまくいく気がしていた。
バブル崩壊

その頃、子供も2人生まれ、下の子は小学生になって幸せをひしひしと感じていたという。
「それまで遊び呆けていた人生でしたけど、子供が生まれて全てが変わりました」
「子供のために」を強く感じていくことで、仕事に対する責任感も今まで以上に感じたという。
ようやく掴み取れたのだと実感したという。
そして、バブルが弾ける。
バブルの崩壊は不動産業界に大きなダメージを与えた。
きよしさんの会社も同じくどうすることもできない。何もできない。
「終わり」を実感したという。
そんな時に支えてくれたのが仲間だったという。
父親も高齢で頼ることもできない、頼れるのは同年代の仲間だった。
同じく不動産業を営む仲間に支えられ、なんとか大きな波を切り抜けることができた。
その後、きよしさんは社長の座から退き、支えてくれた友人に会社を任せ静かに人生を歩むこととなる。
人を傷つけ、人に支えられ

大手広告代理店に勤め、サラリーマンの頂点を実感した瞬間もあっただろう。
その後、父親に知らず知らずに支えられ、「生かされている」のだと感じ、自分の小ささに苦悩したこともあった。
つかみかけていた仕事も情勢によって奪われ、どん底に落ちた気がした。
しかし、それでも人は支えてくれた。
何があっても人は支えてくれる。
きよしさんの人生を取材し、人の大切さ、そして人を信じることの大切さを学べた気がした。
自分に正直であるべきだ。
正直であれば必ず報われる。救ってくれる仲間がいる。きよしさんの場合、少し気付くのが遅かったのかもしれない。
生きて、生き続けて、何度でも再生に向かう心を忘れてはいけないと感じた。
仲間は思ってる以上に自分のことを心配してくれているのだから。


