本文へ移動
nokoru ホーム技術と技能、人の記憶を残す図鑑

人の記憶

衝撃的な戦争体験でも生き延びたその命から思う、若者に伝えたいたった一つの言葉

昭和6年、東京市小石川区生まれ。山の手のお嬢様。 幼少期、公園に行くと子供たちは当時高価だったペダルカーに乗り、家柄は医者の子ばかり。 そんな貴重な話を取材できた。

静かな道と朝の光を描いた、平和を願うイメージ

昭和6年、東京市小石川区生まれ。山の手のお嬢様。
幼少期、公園に行くと子供たちは当時高価だったペダルカーに乗り、家柄は医者の子ばかり。
そんな貴重な話を取材できた。

バリバリのキャリアウーマン

色見本と鉛筆を並べたデザイン机のイメージ

共立女子中学・高校学校を卒業し、当時としては典型的なお嬢様の学生生活。
お話では、特に受験はなく、文字通りエスカレータ式だったという。

そんな順風満帆な学生生活を経て、父親が働く当時でも大手の某新聞社に就職。
本社勤務に配属され入社後、さっそく夕刊の記事を書くといった女性も積極的に働く時代。

記者がまとめた文章を清書し新聞の形にしていく。清書作業においては漢字の知識は必須で必死に勉強したという。
今でも漢字については得意だと語る。

しかし、当時は特にやりたいこと、なりたい将来などはなかったという。
学生生活、環境や仕事も父親が働く職場であり、ある程度の道はすでに決まっていたのかもしれない。

それでも一生懸命、日々を過ごし前向きに進んでいた。
そんな折、ふとした出会いが。

運命の人は案内人

石畳の分かれ道と遠くの灯りを描いたイメージ

しばらくして、1940年代後半の住宅復興などの政策があり、抽選で新住居への引っ越しがきまっていた。
そこで、家族は引っ越すことになり新生活を迎える。

しかし、当時は携帯電話などないし、地図も手軽に見れる状況ではない。そのため、自分の家に帰るのに迷うこともたびたびあるのだという。
彼女の父親も初めのうちは仕事からの帰路、道に迷ってしまい困り果てていた。
そこに、近所にある某社の寮に住む青年が声をかけた。

「おじさん、どうしたんですか?」

「最近、引っ越したばかりで道に迷ってしまってね」

さわやかなその青年は快く案内にかって出て、無事家に着くことができた。
そんなことが数回あり、そのたびに彼女はお礼を言っていた。

「父を送っていただきありがとうございます。ほんとうにすみません。」

何度もあるので、彼女は申し訳なくなって青年が住む部屋へ何度かビールを差し入れに行ったという。
今思うとそれは父親がキューピットになっていたのだろう。

父親を送ってくれた時には、ささやかな話をし、お礼のビールを届けるさい、また話に花が咲く。
仕事に励んでいた彼女にとってたわいもない話をする唯一の男性だった。
仲が進まない理由がない。

こうして、のちに彼女と青年は結ばれることとなる。

戦争を乗り越えての家族

水辺に散る葉と向こう岸の光を描いたイメージ

仕事に恋人に家族に、一見順風満帆なようであるが、1940年代を生き抜いた方々にとっては切っても切り離せない出来事がある。

戦争だ。
当時、小学生だった彼女にも大きな出来事である。

いつもどおりに朝をむかえ、いつもどおりに学校へいく。
そんな時、轟音とともに子供たちが倒れていく。

空襲だ。
子供たちは道路のわきに走る側溝へ寝そべり身を守る。
泥だらけになりながらも汚れなど命にはかえられない。

轟音はなりやまない。彼女が築いた時には体が浮き何メートルも吹き飛ばされていた。
撃たれたのだ。意識が追い付かない。轟音と悲鳴が飛び交いなにがおきたのかわからない。

気づくと静けさの中で自分を呼ぶ声。
生きていた。
ランドセルが銃弾を受け止めて、何とか一命をとりとめていたのだった。
戦争の話を伺う機会はたびたびあったが、実際に銃弾を受けた話を聞くのははじめてで非常に衝撃をうけた。

正直であればいい

古い木の根と新しい葉を描いたイメージ

戦争体験、学生生活、仕事経験。そして、家族、孫、ひ孫。
数世代の家族と時代を見てきた彼女は言う。

「まじめにうそつかず生きていけばいい」

正直に素直であれば必ずその行いは誰かが見ていてくれる。
戦争体験によって生き延びた命。家族に支えられた環境。
様々な状況が人々の支えによって成り立っていることを実感させられる。

それらの現状に感謝し、自分に素直に他人と向き合うことで必ず良い方向へ進んでいく。
ただし、素直であることは本当に難しい。
様々な局面で自分を隠し、時にはうそをつかなければいけないこともあるだろう。

それでもいい。平気でうそをつくようなことはしてはいけない。
まじめで素直でありたい。そう願い心がけることで、素直になれない自分を戒めてくれるだろう。

シンプルだが重みのあるその言葉に先人の積み重ねられた歴史の重みも感じられた。

人の記憶の記録を見る ↗